2016年に書き上げた自分が体験した感動的な話を集めた原稿があります。その原稿はPDFにして、これまで、いろいろな人に差し上げました。その後、何年もかけて加筆や修正を重ね、時々読み返しては、逆に元気をもらっていました。
過去にあった情緒的で感情的な記憶を、客観的な文章にするのは、すぐにはとても難しいものです。何年も時間が経つと、記憶は心のアルバムとなります。私はそのモノクロの写真を眺めながら、感情というアーカイブを呼び起こしながら文章にしていきました。私の心のアルバムには、今も当時の風景がそのまま残っています。そこに写る人々の感情も表情も、客観的に描写することができます。

これらの話には、1994年から2000年ごろまでの出来事と、2021年の出来事が含まれています。海外に行ったときに出会った人たちとの話や、日本に帰ってきてから出会った身近な人たちの話もあります。
日常のありふれた風景でも、繊細な目で相手の心に入り込んでいくと、さまざまなものが見えてくるものです。私は、それをスケッチすると表現しています。もともと大学では美術部のサークルに所属していました。また、32歳くらいまでは、何とかプロになれないかと考え、自宅でパステルや透明水彩などを使って絵を描いていました。
しかし、仕事が忙しくなり、画家やイラストレーターの仕事は浮き沈みも大きいため、最終的には諦めました。そのとき最後に描いた1994年9月の絵は、今も自宅に飾ってあります。いわゆる私の勲章です。
もともと小さい頃から絵心があるので、絵を描くときは全体から入り、構図を決めてから細部を描いてきました。髪の毛の質感や表情、静物画の輪郭のタッチ、背景、構図などを工夫し、そのときの自分の感情を込めて表現していました。
その後、絵を描くことをやめてしまい、絵とはすっかり縁がなくなりました。それでも、人との出会いを文章にすることで、まるで当時の出来事をスケッチしているように感じます。パステルや絵の具は使いませんが、文字で表現しながら描いていくのです。その根底には、自分の哲学や感情が流れています。

自分の哲学や感情を客観視し、文章にするには、相当な年月が必要です。感情的なままだと、描写が偏ってしまう気がするからです。客観的に見られるようになるまでには、その内容にもよりますが、少なくとも5年から30年はかかると思っています。
今回の話は、30年以上前の出来事がメインです。それでも風化せず、私の心のアルバムにしっかりと残っています。そのアルバムを見るたびに、私は大きな力をもらえます。昔の自分に背中をぐっと押されるのです。
このような力を持つ文章を、ほかの方々にも読んでもらい、何か通じるものがあればと思っていました。今回、思い切って実体験として出版することになりました。完成が楽しみです。
今後は、パート2も引き続き書いていきます。そして、今日も何らかのドラマが起こるはずです。その出来事もしっかりと記憶し、感情を客観視できるようになるまで心の奥にしまっておきます。
