海外から影響は

◾️女性の深夜労働
いつも利用しているホテルでのことです。チェックアウトのために荷物をまとめ、夜11時ごろフロントへ行き、宅急便の手配をお願いしました。その時、フロントにいたのは若い女性のフロントスタッフ1名でした。彼女は宅配便の料金を計算して、伝票に書き込んで手配をしてくれました。そして、翌日朝のことです。朝にチェックアウトのため8時ごろにフロントに行くとその女性がいました。夜勤だったんでしょうね。

「夜勤お疲れさまです。昨日の夜もいらっしゃいましたし、今朝もいらっしゃるので少し驚きました。」
と話しました。彼女は少し恥ずかしそうに微笑みながら、
「少し仮眠は取ることができましたよ」
と言いました。

その時ふと思い出したのですが、1986年に男女雇用機会均等法が施行される以前は、労働基準法上も、女性は夜10時以降に勤務することができませんでした。いわゆる女性の深夜労働の禁止です。当時は、女性は22時を過ぎると強制的に帰らされたものです。しかし、男女雇用機会均等法で、それまでの状況は変わりました。

◾️海外から影響
この変化について少々興味があったので以前調べてみたことがあります。つまり、日本では伝統的に、女性は家を守る、男性は外へ出て戦をするといった古来の文化がありました。しかし、社会情勢も変わり、当時はバブル景気があり、労働力不足もありました。深夜に営業しているコンビニエンスストアも出現してきて、企業側としては、夜間の弁当製造などに従事する女性作業員の確保が必要でした。

一方、海外では、1970年代にファミリーフレンドリー概念が欧米から日本へ広まり、従業員の家族に対する責任に配慮した企業施策や、長期にわたる企業の生産性を重視した考え方が広まりました。

その後は、WLB(ワークライフバランス)の考え方へ進んでいき、イギリスでは、1997年にブレア首相がファミリーフレンドリー政策を取り入れて、ワークライフバランスキャンペーンへと至りました。こうした歴史の中で、1986年に男女雇用機会均等法が成立したのです。欧米の日本に対する要請もあったようです。

しかし、この法律に限らず、様々な制度が日本独自のものではなく、海外から発信されているものが多くあります。ワークライフバランス、プライバシー、LGBTといった考え方は、もともと日本の伝統文化には存在せず、こうした現代的な多様性の考え方は、近年になって日本にも広まってきました。世界の情報がただちにインターネットなどで入手できる時代ですから、こうした新しい考え方や制度がたちまち日本に上陸するのです。

プライバシーについては、日本では襖や障子で部屋が仕切られています。つまり隣の人の会話が聞こえるのです。ただ、聞こえていても知らないふりをする、それが日本独特の文化でした。つまり、プライバシーという概念自体が存在しなかったのかもしれません。有名な話では、昭和のプロ野球年鑑では、選手の住所も書いてあったそうです。また、会社では、社員の住所や電話番号を公開して連絡先を調べたり、年賀状を送るのに使用していました。

一方、欧米の家ではきちんと壁とドアで仕切られています。家族といえども、個人として独立し、プライバシーが守られているのです。そもそも、欧米では独立して誰にも頼らず独り立ちすることが育成や教育にあります。日本の集団主義の世界、依存しあう「村社会」の考えとは異なるのです。

◾️合うか合わないかを冷静に見極める
海外から今後もいろいろな考え方や制度が紹介されるでしょう。私たちは、その本質を見極め、それが日本の国民文化に適しているかどうかを慎重に判断すべきです。一時的な盛り上がりで、導入したものの、結局合わなかったということになりかねません。

例えば、人事評価の実力主義も、個人主義で雇用の流動性が高いアメリカではマッチしますが、日本では長期雇用で集団主義の組織です。特定の社員だけを高く評価することは、組織の風土には合いません。当時、京都にある企業群は、古来の年功、終身雇用といった環境でした。まわりの評判がよくて初めて昇進させるということを継続していたそうです。結果として、現在でも京都には優良企業が多くあります。

経営の世界においても、アメリカの経営学者は日本でとても人気があります。ただ、注意しなければいけないのは、彼らの環境は、個人主義で、積極的にリスクを取る傾向があり、『不確実性回避』の度合いが低い社会です。また、雇用の流動性が高く、仮に失敗をしてもまた再びチャレンジできるという社会です。

日本は、集団主義で、長期雇用の年功序列社会です。年功序列も決して悪いものではないと思っています。日本人のメンタルからすれば、こうした年功序列は、子供の頃からプログラミングされているもので、うまく使えば良い制度だと思います。また、「不確実性回避」の考え方が強く、しっかりと計画をしてその通りに物事を進めていく社会です。

このように、働く人々の考え方の根本が異なるにもかかわらず、安易に欧米の考え方を導入するのは危険です。しかし、この話を以前、大手の出版会社の編集者に話をしたところ、「アメリカの有名な経営学者の名前があると本がよく売れる」とおっしゃっていました。確かにそうですね。彼らもビジネスです。私たちはそうしたものに惑わされず、本質を見極め判断していかなければいけないということです。