日本での演繹的アプローチは

今回は、欧米と日本との演繹的考え方と帰納的考え方についてお話しします。
そして、これは日本人同士でも起こりうる意見の衝突や、さまざまな見解の相違の原因にも通じるものです。

ある本によると、演繹法とは既知の原理から出発して論理的な帰結を推論する方法であり、帰納法とはいくつかの特定の事実から推論して一般的な結論を導く方法だと説明されています。

こうした難しい言葉を耳にすると、「もういいや」と投げ出してしまいそうになります。私自身、哲学方面にはあまり興味がなく、それらは目の前の問題とは遠い存在で、何ら役に立たないと思っていました。しかし、これらの意味について深く考えるようになったのは、2014年ごろから始めた異文化研究でした。


日本と欧米との異文化コミュニケーションには、演繹法と帰納法が深く関わっていることに気づいたからです。それは、日本文化は帰納法的だと言われています。帰納法とは、まず目の前の事実や出来事を観察し、それらから一般的な結論を導き出す考え方です。

その典型的な例が、工場などで行われている改善活動です。改善活動では、まず現場の不具合を起点に現状分析を行い、そこから問題や課題に対して対策を立てます。これはまさに「ボトムアップ」と呼ばれるもので、現場からトップへと提案が上がっていく仕組みです。こうした背景から、日本の会社では現場の声が重視されます。

この考え方は、物事を説明する際のプレゼンテーションにも影響を与えています。まず現状を説明し、次に発生している問題点や課題を述べ、その対策についても説明します。こうした説明であれば、私たちはすんなりと理解できます。


ところが、私も実際に海外と長年仕事をしてきましたが、プレゼンテーションが始まっても、何を言っているのかさっぱり分からないことがよくありました。 当時は異文化コミュニケーションについてあまり学んでいなかったので、ただイライラするばかりでしたが今では納得できることです。具体的な現場や状況に関係なく、新しいツールやシステムのメリットを最初に強調するスタイルが多いのです。これは演繹的な考え方の特徴です。

その内容は、私たちの実態には全く沿っていなくて、イメージしにくく、話を聞けば聞くほど、そのようなものを導入しても、何の役にも立たないのではないかと思えてくるのです。演繹的な考え方では、「このツールを導入すれば、必ずこうした成果が得られる」という前提で話が進みます。たとえば、販売に特化したシステムを導入することで売上が大幅に伸びると考え、そのような理由でシステムが選ばれるのです。

日本の場合は帰納法的な考え方なので、「現場でこのような問題があるため、その課題を改善するためにこのようなシステムを導入する」と考えますが、いきなりシステムの話から始まるため、現場を重視する日本人にとっては、なかなか話についていけません。


演繹法と帰納法は、なかなか簡単には一つに融合しないのかもしれません。日本的な考え方では、現場や具体的な事実に注目し、そこから推論して対策を立てる傾向があります。一方で、欧米では革新的な道具が登場すれば「それを使えば必ずうまくいくはずだ」という考え方になります。

欧米の場合、いわゆるトップダウンで物事が決まるのが特徴です。帰納法の場合は反対にボトムアップとなり、現場からの声を上層部が聞き入れ、それに基づいて意思決定がなされます。

一般的には帰納法ばかりだと、イノベーションが起こりにくい、と言われています。なぜならば、身の回りの事実をもとに常に物事を考えるからです。その分、失敗も少なくなるでしょう。 一方で、演繹法の場合は、既存の考え方を考慮せずに新しいアプローチをいきなり実施するため、そこでイノベーションが生まれるというのです。

これは、ある意味で革命的な変化といえるかもしれません。従来にはなかった新しい成果が現れるのです。安定的に成長を続けてきた日本と比べて、演繹的な考え方を重視する欧米では、イノベーションによる飛躍的な成長も期待できます。ただし、新しいツールや仕組みが現場の実態に合わない場合、逆に業績が一気に悪化するリスクもあります。

この点をしっかりと理解しておくと、まわりのさまざまなことが見えてきます。例えば、会社がERPシステムの導入を決めたとしても、そのシステムはたいていすぐには現場の仕事の進め方には合いません。「現場の仕組みに合わないものを、なぜ導入するのか」と現場から不満の声が湧き上がることでしょう。

これは演繹法的な発想の一つであり、まずシステムを導入し、その後で現場の方法をシステムに合わせて運用していくことで成果が出る、と考えられています。こうした演繹法に基づくトップダウン方式は、日本の組織文化にはなじみにくいとされています。なぜなら、帰納法によってこれまで多くの成功を収めてきたため、現場の声が非常に大きいからです。

そのため、いきなりトップダウンの演繹法でERPシステムなどを導入すると、大混乱を招くことになります。日本的な組織風土では、いきなりすべてを変えてしまうことに強い抵抗があります。

したがって、私の考えでは、部分的な組織に導入し、それを横展開していく方法が適しているのではないかと思っています。一部の組織で新しいシステムを導入し、そこで成果が出れば、その成功体験をした人たちが、全体へと広げてくれるのです。 この方法には時間がかかりますが、着実に改革を進めることができるのではないでしょうか。

改革において重要なことは、ジョン・P・コッター氏もその著書で述べているように、まずは短期的に小さな成功を積み重ねていくことです。 小さな組織で成功を収め、それを段階的に広げていく方法が、日本には最も合っているように思います。