心が震えた出来事や、胸が張り裂けるほどに悲しかった事件、そのとき心に満ちていた感情は、新鮮に深く刻まれているものです。しかし、時が静かに流れてゆくうちに、その色は少しずつ薄れて、やがて静かな“記憶”へと輪郭を変えてゆくのだと感じます。

いま私は、およそ30年前に起きたあるできごとについて書いています。ただ、この体験を真正面から文章に紡ぐことができるようになったのは10年ほど前からです。
それまでは、溢れ出す当時の思いが大きすぎて、うまく言葉になりませんでした。つまり、感情がまだ粗削りなまま心の奥に居座っていて、記憶として整理されるまでには時間が必要だったのだと思います。
ようやく気持ちの輪郭がやわらかくなったとき、私は過去の自分自身や、そこにいた人たちの日々を、少し離れた場所から丁寧に描くことができるようになりました。

10年ほど前にこの思いを文章にし、それを今、改めて読み返しています。今の自分は、あの頃よりも穏やかになり、出来事を客観的に、より細やかに書ける自分に気づきます。
あの日の景色や匂い、風、温度、会話の声など、それらは今も薄れず、私の記憶の中に鮮明に残っています。昨日、ふとしたきっかけで当時の仲間と電話で話す機会がありました。懐かしい声の響きが受話器越しに伝わってきた瞬間、私の記憶は一気にあの頃に巻き戻されたのです。
その人とはもう25年以上会っていません。でも、声を耳にした途端、心の中には変わらぬ面影が浮かび上がります。私の記憶のアーカイブで、彼は今でも、30年前の姿のまま何ひとつ色褪せずに存在しています。

たしかに、感情は時間とともにゆっくりと淡くなり、やがて静かな記憶になるものです。それでも、その記憶自体は色褪せず、心の奥にそっと残り続けていると感じます。楽しい日、幸せな日、あるいは悲しみに沈んだ日など、思い出すたび、頭の中でアルバムをそっとめくるように鮮やかによみがえってきます。
今こうして、30年前の記憶をもう一度見つめ直し、わかりやすく、具体的に記している私がいます。
ほんの少しでも、誰かの心にやさしく届くように、読みやすくわかりやすい言葉になるよう努めています。気づけば、全体はおよそ60,000文字ほどになりました。
急ぐ必要はないのですが、できれば今年か、遅くとも来年のはじめにはかたちにして世に送り出したいという気持ちも芽生えています。

無常の世の中で、いつ何が起こるかわからないし、ふいに病を得たり、人生の幕が思いがけなく下りることもあるかもしれません。それゆえに、せめてこの文章だけはしっかりと残しておきたいと願っています。
これは私自身のアルバムです。出会いも別れもたくさんありました。そこに刻まれた物語は、まぎれもなく自分の歩みの証です。これからも、そんな日々をひとつひとつ、言葉に閉じ込めていきたいと思います。