アメリカでは、会議や集団の前で話すときに、いつもポジティブなことを話すように努めます。そして、その中にジョークを入れ、聴衆をさらに惹きつけるような話をするのです。
一方、日本では、朝礼や全体集会のスピーチの時に、社長がスピーチしますが、一般的なスピーチの内容は、社員にもっとがんばってもらいたい、危機を乗り越えよう、という趣旨である場合が多いと思います。
例えば、予算通りに売上や生産が進んでいない場合、社員の気持ちを引き締めて一層努力してもらいたいので、危機を煽るような話をすることがあります。「円高で輸出が大変だ」、あるいは、逆に、「円安で輸入原材料が高騰して、コスト高になり利益が圧迫されている」といった内容です。
しかし、実際は、会社の成績は予算よりやや下回るかもしれませんが、いつものようにきちんと利益は出ているのです。日本の社長や経営幹部たちは、社員に対してどうしても危機感を煽ってしまい、もっと引き締めてやってほしいと願うのです。日本人の場合は、状況を好意に解釈する傾向があります。きっとやってくれるだろう、たぶん、大丈夫だろうと。
この例が第二次世界大戦と言われています。「ロシアは攻めてこないだろう」「日本が大陸を制圧するだろう」と。半藤一利さんの「昭和史」でも同じことを述べられていたことを思い出します。
さて、私がアメリカにいるときのことです。日本の社長が久々にアメリカに来ました。社長は、全社員を集めてスピーチをしたいと言います。そこで、社員を集め、スピーチするのにふさわしい演台を設置し、マイクロフォンも準備して、日本の社長にスピーチしてもらいます。現地の社員にとっては、日本の本社で仕切っている社長が一体どんな人物なのか、どういうことを言うのか興味津々です。
社長は日本でスピーチするのと同じ調子で話を始めました。「日本では経済状況が下向きになっていて不透明である」、「円高で輸出が非常に苦しく、利益は逼迫していて、競合他社の追い上げが厳しい」、「私たちは危機感を持っている」と、日本人社員なら、「ああ、またか・・」という内容です。ちょっとでも悪くなると、社員を叱咤激励して、もっと頑張れ、というメッセージを送るのです。
こうしたネガティブな話をアメリカ人の前で日本から来た社長が話してしまうと、その後に、とても大変なことになります。というのは、彼らはその言葉の内容をそのままストレートに受け取るからです。
日本語のようにコンテクストが英語にはありませんから、全てをストレートにそのまま、彼らの頭の中に入ってきます。そうすると、スピーチが終わってみんなが解散した後、何人かのマネージャーが必ず私のオフィスに来ます。そして彼らはこういうのです。
「今、社長が言っていたけど、日本の会社は本当に大丈夫なのか?」とか、「何か大事なことをお前は隠しているんだろう」、「私の仕事はなくならないよね」と心配そうな顔をして次々に質問してきます。
私は、「いえいえ、それは日本でのスピーチで、社長はみんなの危機感を煽って頑張ってほしいという意味なんです。だから、実際のところは大丈夫です。日本ではこういう表現を社長や経営幹部がよくするのです」と説明します。
私がこうして後から説明するので、自分のことを「火消し役」と呼んでいました。会社の偉い人が来てそういったネガティブな話をするのと、私のような日本人赴任者のディレクターたちに、アメリカ人社員は質問にくるのです。
ある時、日本から来た経営幹部と夜に食事している時に、アメリカでは、決してネガティブなことは言わないで欲しい、アメリカ人は、逆にポジティブなことを言ったほうが頑張るからと話したことがあります。
その時にいらっしゃった役員の方は、私の話がよくわかったみたいで、翌日のスピーチではとてもポジティブに話をしてくれました。こちらが聞いていてとても赤面するくらい恥ずかしくなるポジティブな話です。「君らは最高だ、素晴らしい、会社をリードしている・・・」と。
その人は普段、私たちに対して危機感をいつも煽っている方でしたので、こうしたポジティブなコメントを次々に話すので、なんだかくすぐったい気持ちがしたことを覚えています。
アメリカではポジティブな話が好まれます。会社の人事考課も、good, excellent, outstanding、という評価基準です。最低評価がグッドなのですから。まさに、ネガティブコメントで鼓舞させる日本人、ポジティブコメントで頑張るアメリカ人なのです。