誰もが愛された子供たち

▪️ご両親からお預かりしている子供たち

子供の頃、テレビで凶悪犯が逮捕されたニュースが流れていました。いつもおしゃべりな母がじっと黙ってニュースを見ています。そして、私と姉にこう言うのです。

「あんたたちも小さなかわいい赤ちゃんで生まれてきたとよ、かわいいねえとお母さんにいっつも言われて育ったとよ」と背中を丸くしながら話すのです。

「みんな小さい頃はほんと可愛かったと、生まれてきてね、それがねえ、それがねえ、なして、こがんなことになってしまうとやろね。この子にも母親がおっとよ。もし、自分の子がこがんなこつになったら、こがん悪さしたら、母ちゃんは、たたき回して引っ叩くけんね。親の気持ちを思ったら、母ちゃん、涙が出てきたわ」と、気づくと涙を流して泣いています。

これは、我が家ではいつものことだったのです。母はいつもテレビのニュースで凶悪犯が捕まると、同じことを私たちに言っていました。

「もし、あんたたちがこがん悪さしたら、警察より先にあんたたちを引っ叩くからね。ひどかことしたら、母ちゃんが絶対許さんから」

母は、自分の子も他人の子も、みんな同じ子どもだと考える人でした。ですから、近所の不良を平気で叱りつける人でした。

高校の時、クラスにいたツッパリ君たちもたまたま母のバイト先で一緒になったようで、「バイトなんかする暇があれば勉強せんね! あんたたちの親はどげん気持ちで学費をはろうとるか、考えんね」と叱り飛ばしたらしく、翌日、リーゼントで眉を剃ったツッパリ君から、「黒木のかあちゃん、がばいえすか(とてもこわい)、バイトやめたわ」と言われたことがありました。

また、私が中国勤務をしていた時に、両親が旅行で来た際には、私の部下一人一人にお土産を持ってきました。当時、オフィス部門の部下は30人はいたと思いますが、わざわざ日本からお土産を持ってきたのです。そして、その夜、ホテルでこう言いました。

「あんた、あがん良か人たちに恵まれとって幸せやね。あん子たちにも親がおるとよ。わかるね。かわいい、かわいい子供たちやからね。大切なお子さんを預かっとるとやけん、絶対、きつかこととか言ったらいかん。やさしく、丁寧に話してやるとよ。怒ったら絶対いかん」と、また始まりました。

そういう母は、実は私には厳しく、テストで98点を取っても、「なんで100じゃなかとね、きちんと先生の話ば聞いとれば、100点が当たり前やろが」と叱る人でした。

そういう母の遺伝子はしっかり私に受け継がれています。おせっかいでもいいでしょう。困った人を見ると、たとえその人が年配の方でも、「きっとこの人にも親がいる、かわいい、かわいいと言って生まれてきて、今、こうして目の前にいるんだ」とつい思ってしまいます。そう、みんな両親がいて、母親から生まれて、愛されてきたかわいい子供たちだったのです。

▪️感謝されるのは会社を辞めるとき

いろいろなスタッフと一緒に仕事をしてきました。海外でも同じでしたが、報告書の書き方や仕事の進め方など、うまくできていないところを見つけると、何とかしてあげたいと思ってしまうのでした。

ほんとうに自分にとっては簡単なことなのに、あれもできていない、これもできていない、何もできない、勉強もしない人に見えてしまうのです。だから、おせっかいでも、ひとこと言いたいし、何かお手伝いしたいという気持ちになります。30代、40代の頃は、率直かつ厳しい言い方をしてしまったことも、何度かあったと思います。

その後は、自分でも「人間学」や「心理学」、そして「言語学」や「異文化コミュニケーションにおける日本人の特徴」など、さまざまなことを勉強してきました。また、「教えない教え方」が最も効果があることにも気づきました。そのために、困った時に彼らが頼れる本を出そうと、自分の体験をもとにいくつかテキストを作成していました。

そうしたスタッフたちでしたが、彼らから感謝されることはほとんどありませんでした。ただ、私が職場を変わる時や会社を出る時、スタッフが転職して会社を出て行く時に初めて言われます。

「黒木さんと仕事ができて本当によかったです。たくさん学ぶことができました。感謝しています」

これは私の最大の報酬です。こうした言葉を1年に1回でも、いえ、3年に1回でも聞いてしまうと、また、驚くほど努力を続けることができるのです。

人は、「誰かの役に立つことで存在感を実感」できます。自分の存在意義を感じることができるのです。そして、存在意義を感じるのは、多くの場合、まわりの人から感謝されるときだと思います。

「あなたがいて良かった」「たくさん教えてもらえました」「私の先生です」

これらは、日本ばかりでなく、中国でもアメリカでも、そしてブラジルでも言ってもらえた言葉です。
私が何かをして、「ありがとう」と言いたくなるような経験をしたのであれば、同じことを、ぜひ勇気を出して周りの人にもしてほしい、ということです。

沈黙して見過ごすのではなく、みんなかつては小さなかわいい子供たちだったことを思い出し、おせっかいと思われても助言をしたり、話を聞いたりすることです。

ですから、自分が感謝したい指導や親切を他人から受けたら、ぜひ、同じように、他の人たちにも感謝されるようなことをしてほしいのです。みんなご両親からお預かりした大切な子供たちですから。