トランプ関税は何を教える?

■トランプ関税と江戸時代の鎖国
トランプ大統領が自国の貿易に対する関税率を大幅に上げました。国内産業を守ることがその根底にはあるようです。世界はグローバル化し、海外の食料品やモノが簡単に近所のスーパーや雑貨店で手に入るようになりました。

モノの生産は、よりコスト効率の高い国々で行われ、そして、他国へ輸出されます。世界の経済は「もっともっと」「たくさん」「安く大量に」という方向に突き進んできました。

私の尊敬する慶應義塾大学名誉教授を務められていた鈴木孝夫先生が、晩年に提唱されていた鎖国推進論は、最初に聞いたときに、さすがにこれはやり過ぎだろうと私は思いました。

しかし、この行き過ぎたグローバル化とアメリカの保護貿易政策について考えるにつれ、鈴木先生の鎖国論も決して悪い話ではないと思うようになりました。

■鈴木孝夫先生と鎖国
鈴木先生は、「野鳥の会」に長く関わっておられ、自然や地球資源に対してとても造詣の深い方です。慶應義塾大学の医学部に入学されましたが、英語に大変興味があり、その後、世界の大学でご活躍され、言語学の大家となりました。

その著書「言葉と文化」は、50年以上前に書かれた本です。私にとっては、まさに目から鱗が落ちるような内容でした。この本では、日本語の人称代名詞の特殊性や、日本語の言葉の構造を英語と比較しています。英語を使って長年仕事をしていた私にとっては、日常的に和訳、英訳をして、語学と向き合っていましたので大いに共感しました。

私はこの本を読んで、すっかり鈴木先生のファンになりました。しかも、鈴木先生は90歳を超えても、老人ホームから講演会会場に行って、講演会を精力的にされていらっしゃいました。まさに、私が目指している80歳を超えても現役でバリバリ働くことを実践されていた方です。

そして、先生のお話は、学者らしからぬわかりやすい言葉で説明され、内容も楽しい内容ばかりです。その鈴木先生が晩年、鎖国について書かれていました。「モノを大事にしよう、もうこれ以上モノは必要ない」という内容で大切な地球の資源を食い尽くすような成長は破滅を導くと主張されています。

その根拠として、江戸時代に日本では、鎖国をしていましたが、国内だけの資源で、自給自足経済で長い間うまく回っていたということです。さらに、鎖国することで、「自国内で生産し、自国内で消費する」ことによって「異国文化との接触もなくなり、宗教戦争もなくなるし、世界は平和になる」というのです。

確かに、世界の紛争は国どうしの資源の奪い合い、宗教の違いによる争いがほとんどです。私もこの考えに興味を持ち、江戸時代に日本に訪れたヨーロッパ人たちが記述したことをまとめた「逝きし世の面影」(渡辺京二著)という本を読んでみました。この本には、来日した欧米人たちが、江戸時代の日本の庶民の生活を見た記述が多くあります。

これら西欧人らの記述に共通していることは、「人々はとても貧しいけれどもとても楽しそうで、幸せそうだった」ということです。そして、人々はとても親切で、外国から来た異国の人間に対してお茶やお菓子を出したり、親しく話しかけたりして、また彼ら自身もみんなでワイワイ楽しく話してとても幸せそうに生活しているというのです。

決して裕福ではないですが、自給自足の経済で、人々は寄り添い合い、そこに自分らで楽しみを見つけ、実に幸福に生きていたと書いてあります。

確かに、天然資源を海外に頼る日本にとっては、鎖国をすることは非常に難しいことかもしれません。しかし、日本人が持つ人々とのつながりや、日本人だからこそ感じ取れる幸福もあるのではないでしょうか。「モノ」に依存するのではなく、精神的な幸福をもう少し高めていければ、世界の天然資源を食いつくすこともないのかもしれません。

■グローバル化とローカライズ
弁護士であり、タレントでもあるケント・ギルバートさんがその著書で、グローバル化という言葉について面白いことをおっしゃっていました。それは、「グローバル化という言葉をマスコミや新聞では日常的に使っているが、実のところ、グローバル化とは、アメリカ化のことである」とおっしゃるのです。

アメリカ人ならではの視点で述べていますが、確かに、第二次世界大戦以後、世界は、ソ連とアメリカの2極化になり、その後、経済面では、アメリカが世界を大きくリードしています。アメリカ型社会は、いわゆる消費社会です。モノをたくさん作ってたくさん売って、そして、たくさん消費して経済がよく回るというものなのです。

以前、慶應大学のビジネススクールのセミナーに参加した時に、ある先生が、「グローバル化は歴史的に見て、振り子のように右に行ったり、左に行ったりする」という話をされていました。つまり、世界へビジネスや文化が広がり、自由貿易を促進した時代から、いずれ、反対方向の保護貿易の方向に進むというのです。

世界へ広がりすぎた活動は、また、自国へ戻るのです。今、まさに、この広がりすぎたアメリカの経済支配が、アメリカ自らが修正しているのかもしれません。

私たち日本も、関税の引き上げにより、食品や生活用品の値上げで欲しいものが、食べられない、買えないという状況に陥る可能性もあります。しかし、単に、経済面でのこうした満足や幸福だけではなく、江戸時代の日本人のように、私たち日本人が持つ、精神的な幸福も今こそ見直す時期なのかもしれません。

このトランプ関税という「潮目」は、人々にとって何を大事にしていくのかを自らが見直すことを促しているのかもしれません。