どうやったらごまかせる?決算書?

■不正対策のプレッシャー
私は経理の責任者として、国内外の複数の会社で経理部門の立ち上げや、年次決算報告書の作成、月次決算レポートや予算制度の構築などを経験してきました。経理責任者としては、正確な財務諸表を株主や経営陣に期日通りに提出しなければならないという大きなプレッシャーが常にありました。

それ以上に、社員による不正やごまかしが発生すると、自分の管理責任が問われるだけでなく、会社全体、特に社長の管理責任にも影響が及びます。そのため、内部統制やダブルチェックには非常に気を配っていました。

幸い、私が経理責任者を務めた組織では、不正が起きたことは一度もありませんでした。しかし、グループ会社や他社で発生した不正の事例はいくつか耳にしています。経理のプロの目から見ると、これらの不正はどれも似たようなパターンです。たとえば、領収書の書き直しや改ざん、棚卸資産の持ち出しと転売、廃棄予定の資材や古いパソコンの売却金額のごまかしなどが挙げられます。

■手書きの帳簿と複式簿記の仕組み
私がまだ30代だった頃、中国工場の立ち上げプロジェクトで経理責任者を任され、現地の経理スタッフを採用し、経理部門をゼロから作りました。原価計算や予算制度、月次・年次決算、税務申告などの業務を設計し、スタッフと一緒に経理制度を整えていきました。しかし、立ち上げ当初はスタッフも少なく、経理システムも導入されていませんでした。

当時の中国当局は、決められた手書き帳簿しか認めておらず、パソコンの表計算ソフトで作成した帳簿は受け付けてもらえませんでした。そのため、伝票を確認しながら、手作業で中国当局指定のフォーマットに書き写していました。

このように、手書きの帳簿付けや伝票の作成、集計は非常に手間がかかり、最初はとても大変でした。しかし、今振り返ると、複式簿記の仕組みを深く理解する絶好の機会だったと感じています。

■数字が合わない
ある時、月次試算表を作成した際、どうしても貸借が一致しませんでした。詳しく調べてみると、銀行の明細表と手元の現金を照合しても、現金勘定が合わなかったのです。金額は日本円で数百円と大きくはありませんでしたが、経理責任者としては、きちんと数字を合わせる必要があります。

銀行振り込みや入金などは、銀行のステートメントに正確に記録が残っています。問題が起きやすいのは、小口現金です。領収書をもらって経費精算し、現金を支払う場面で、間違った金額を渡したり、帳簿に誤って記入したりすることが原因となります。最終的に、領収書の記載漏れが見つかり、無事に試算表の貸借を一致させることができました。

この経験もあり、長年経理を担当していると、問題が起きやすいのは小口現金や棚卸資産といった勘定だと実感しています。ご存じの方も多いと思いますが、オフィスの小口現金は日計表を毎日記入してチェックし、担当者と係長が印を押して課長に提出します。

また、棚卸資産については、期末の実地棚卸の際、現場の社員全員で現物をカウントし、棚卸票を現物に貼り付けます。その上で、監査法人の公認会計士が立ち会い、チェックを行います。

よく考えてみると、なぜこれほどまでに手間をかけて厳密に管理しなければならないのでしょうか。現在は、ほとんどの会計業務がコンピューターシステムで行われ、すべてがデジタル化されて記録に残ります。銀行のステートメントや入金、振り込み、請求書などもすべてデジタルデータとして保存されます。しかし、デジタルで記録が残らない部分が2つだけあるのです。

■現金と棚卸資産
1つ目は、オフィスにある小口現金です。これは金庫内の現金を2人で毎日数えて日計表を作成し、実際にその金額があることを確認します。もし日計表を書かず、1人だけで現金を管理していれば、悪意があれば不正が行われる可能性があります。第三者が改めて現金を数えるまで、不正は発覚しません。

2つ目は、棚卸資産です。棚卸資産とは、会社の商品を持ち出して転売したり、廃棄予定の商品やパソコンなどの数量をごまかして、業者からお金を受け取ったりすることです。

この現金と棚卸資産の2つ以外は、ほとんどがコンピューター化されており、手書きの記録は存在せず、すべてがデジタルデータとして残ります。そのため、棚卸資産と小口現金の管理が、経理上ごまかしが生じやすい唯一のポイントだと私はよく話していました。

■現金を扱わない、訪問して関心を示す
すでに多くの会社で導入されていますが、まずは小口現金を会社から徹底的になくします。社員にはクレジットカードを渡し、すべてカードで精算します。カードの引き落とし前日に、社員の口座に経費精算分の現金を振り込みます。また、慶弔見舞金なども振り込みで対応し、その際には総務からお祝いのカードやお悔やみのカードを送ります。

こうして現金の取引をオフィスから一切なくすのです。これは、社長の理解があれば簡単に実現できます。現金をなくすことで不正の防止につながり、業務の効率化も図れます。

さらに、上位の役員や経理責任者が時々現場を訪れることも重要です。たとえば、小売業であれば店舗に直接足を運び、スタッフと話をします。特に、営業や本社のメンバーが行きにくい地方の店舗を訪れることが効果的です。工場の場合も、本社の人間が普段行かない倉庫や製造現場に足を運ぶことが大切です。

なぜなら、実際に本社の役職者が現場に来ることで、現場のメンバーは「本社の人たちは自分たちに関心を持っている」「見られている」と意識するようになるからです。その結果、不正を未然に防ぐ効果があります。

実際、私の経験では、不正や商品転売などの噂がある店舗は、たいてい本社スタッフがなかなか行かない地方の店舗や、場所が離れているアウトレットなどが多かったと記憶しています。店舗を訪れて、店長やスタッフと一緒にランチをしながら話をすることで、スタッフに関心を示し、不正へのけん制効果を高めることができるのです。